「神経細胞そのものではなく、グリア細胞のわずかな異常が統合失調症患者に見られるような異常行動(認知障害)にかかわっているというのは驚くべき結果だ」と研究チームは言っている。
統合失調症は人口の1%程度に見られる代表的な精神疾患で、陽性症状(妄想や幻覚)、陰性症状(社交性の欠落)に加え、今回の研究にかかわる認知障害(作業記憶、空間学習、感覚統合の障害)が、3つの大きな症状と言われている。このうち妄想や幻覚などの症状は脳内の神経伝達物質ドーパミンの過剰分泌による可能性が高い、という研究結果を最近、放射線医学総合研究所の研究者が発表している。
"理科の問題
703 おさかなくわえた名無しさん 2007/04/08(日) 04:29:04 ID:WfuhrkXA
俺の中学の時の理科の先生は、
両生類の動物を1つ挙げよ(イモリ)
爬虫類の動物を1つ挙げよ(ヤモリ)
哺乳類の動物を1つ挙げよ(タモリ) って書いたら配点5点のところ10点くれた…
先日、楽天・田中将大のインタビューへ行った時「チームが勝てばいい」という言葉を聞いた。
彼はまだ若いだけに言葉のあやかもしれないが、ちょっと気になっていたので書いてみる。
最近よく聞くようになったこの言葉。
和を尊んだ献身的で美しい姿勢にも聞こえるが、それは勝負の世界に生きるプロにとっては危ない考え方にもなる。本来そのような発想は建前にしかならない。
と言うのも選ばれた者達だけで戦うプロの試合は、一人一人が実力を出し切れさえすれば勝てるものなのだ。
メンタルな話をすると
「チームが勝てばいい」という考えだけでは、知らぬうちに練習でも試合でも「甘え」が出てくる。わかりやすい例で言えば、厳しい練習で自分を追い込む時や、試合でプレッシャーのかかる場面などで、その甘えと出会うことがある。
それらが伸ばせるはずの可能性も寿命も潰す原因となる。ただでさえプロ選手として生きられる期間は短いのだから、これは死活問題だ。
つまりそんな甘さを乗り越えて、選手として本当の意味での精神的自立をしなければ、一流にはなれまい。
私を含め、自立した一流の選手というのは、どこか孤高な雰囲気があるものだ。質の高い仕事をどれだけ出来たか、どれだけ実力を発揮出来たかに興味が集中しているからだろう。
そしてそんな状態になると「チームが勝てばいい」との発想は建前で言えても、本気では言えなくなる。
一見すると協調性が足りないように感じるかもしれないが、それはプロの世界ではありがたいこと。
往年の名選手達にも我の強いタイプが多い理由がわかるだろう。
プロ野球の仕事とは、誇りと闘争心の世界で、仲良しクラブとは違う。
そしてそのプロ意識があるからこそ、お客さんを楽しませたい気持ちも自然と湧いてくるものだ。
美しい協調性が欲しいならば、それは譲り合って作る物ではなく、摩擦とぶつかり合いの中から得るものだ。
世界大会があるサッカーも「チームが勝てばいい」なんてヤワな発想では通用しないだろう。
野球もサッカーも何でもプロに求められる要素は何ら変わらない。
自分がチームを背負うというくらいの勢いと、給料分の仕事はきっちりこなさなければ「恥」と感じるくらいの意識が必要だ。
それこそが本物のプロだ。
"真の協調性 (via newroutine)
我々にはチームプレイなどという都合のいい言い訳は存在せん。 あるとすればスタンドプレイから生じるチームワークだけだ。
(via petapeta) 金田正一が協調性って。 (via gkojax)83 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2008/06/23(月) 23:01:28.79 ID:9lxA6YML0
お洒落
↑
酒 じゃない
"
(via eeaysee)
ではまず、アルミカップに1cmほど水を張り、市販のめんつゆを数滴+薄めた台所洗剤を1滴ほど混ぜ合わせたものを作り、台所の適当なところに設置してみましょう。
設置して1時間ほどすると一気に8匹くらいとれますwww
ちなみにこの「めんつゆトラップ」には洗剤を混ぜてあるので、コバエさんがこの液に触れた瞬間、
引っ張られるように底まで沈下、もがけばもがくほどコバエが捕まります。
昔住んでたマンションの近くに、「お店が必ず潰れる場所」があった。
そこは交差点の角地にある土地で、2本の道路に面していて、 30人ぐらいは入れる店舗と、そこそこ広い駐車スペースとを備えていた。
「・・・」
流れのよどみに呪いが生まれる
SNS で、こんなコメントをいただいた。
呪いというものは本来、個人の言動行動あるいは作ったものから生まれるものだと認識していたのですが、 この例を呪いと見なすことでいろんなことが理解できるようになるなあと感じます。
呪いというのはむしろ、それをこうむる主体ではなく、それを取り巻く構造のあたりに おぼろげに浮かび上がるものなのかもしれません。
たしかにそんなかんじだな、と腑に落ちた。
呪いだとかいじめというものは、昔は「悪意をドライブするための技術」だと考えていたんだけれど、 「いじめに参加した人間に、悪い奴はあんまりいない」というのも、どうも一面の真実らしくて、 実際問題、ものすごい深謀遠慮を巡らすような「いじめの黒幕」みたいな学生は、そんなのがいたとして、 たぶんもっと楽しいことに自分の時間を使うような気がする。
「呪い」みたいなものは、どろどろした思いが生み出すというよりもむしろ、 「正しさ」だとか「きれいさ」みたいな、集団が、同じ価値へと収斂することを望む気持ち、 同調を強要する空気みたいなものが、コミュニティに「流れ」みたいなものを生み出して、 その流れから取り残された場所だとか、人に対して、自然発生するような気がする。
"
GOAL (via furisumeru)
59 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[]投稿日:2009/06/28(日) 02:12:08.61 ID:ti+x3GDlO
スザンヌみたいなしゃべりかたする馬鹿ギャルに熱心に数学教えてた先生は素直に尊敬したなぁ
「せんせぇ!問題解けたよぉ」
「おぉできたな。お前は勉強ができないんじゃくて、勉強のやり方を知らないだけなんだからな。
馬鹿じゃない。ほら、こっちもやってみな」
「うん!」
そのギャルは数学のテストだけは毎回学年一桁の順位だった
底辺校の中でだけど
小野妹子と華道
小野妹子にとっての華道は、遣隋使以降のお話です。また、華道といっても、華道の元になったというべきものです。
趣味で華道(生け花)を嗜んだというような次元のお話ではありません。
華道家元池坊(いけのぼう)の始祖です。
華道家元池坊も小野妹子も、共にとても知名度が高いのですが、小野妹子が池坊の始祖である事は、以外と知られていません。やはり、 「小野妹子=遣隋使」という印象が、あまりにも強すぎるからでしょうか。
今日、華道(生け花)というと、女性の趣味というイメージが強く、また実際に、生け花をされる方は殆どが女性です。しかし、元々 は男性の趣味として始まり、それが後に、女性にも門戸が開かれたという経緯があります。
"
2009-01-08Via:vi.sualize.us
(via eleasha)
(via fuckyeahskinnybitch)
(via fuckyeahskinnybitch)